FC2ブログ
にほんブログ村 写真ブログ アマチュアカメラマンへ
にほんブログ村

2012.02.07     カテゴリー :   人物

直視



親父は大正15年生まれ86歳。
日本も高齢化が加速して
戦争体験者は少なくなってきた。
村の諸葛孔明と言われた親父。
戦争前後の記憶は鮮明にまだまだ記憶している。
そんな親父が平成生まれの彼女に語る。
自分の生き様 戦争当時の生活 和歌山大空襲など
そして日本史から完全に隠ぺいされた中国韓国人大量虐殺の真実。
彼女の顔つきがだんだんと変化していく。
瞬きもできないくらいに。
普段の親父はとっても温厚だが
戦争だけは別みたい。
なぜか脳が活性化されて話はつきない。
多分語部としても十分できるが
そんな機会がないから封印しているのだろう。


ランキングに参加してます。
宜しかったらクリックお願いします。

   









トラックバック

この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
おはようございます。
諸葛孔明とはすばらしい。
聡明なお父様だからこそ、
2度と起こしてはならない戦争に対しては、
語り継ぎたいのでしょうね。
忘れてはならないし、繰り返してはいけない歴史ですね。
敷島博士さん、おはようございます。

子どもの頃に祖父母、親戚から聴かされてきた話…。
その事をちっらと話す事で、話し始めてくださった方々。
同じ人と接していても、相手から感じること、話題によって
相手から話してもらえることも得れることも違いますよね。
お父様は、受け取ってもらえる何かを感じられたのでしょうか。

忘れられないという事は辛いですよね。
辛い思いは出してしまった方が良いとは言え、
思い出す事も辛いことは、それも辛い。
感覚の共有してもらえる機会の少ない天才は
どんなに孤独だろうと思う事があります。

経験者も少なくなってきた出来事。
何十年も経って語られ始めた真実。
語られること無く闇に葬られる史実。
覇権者の都合で変えられてきた歴史。
受け取り手の心持ちでも意味が変わって来ますよね。
直視・・・まばたきもできないほど引きつっていく感じ^ー^;
わかる気がします。
この一枚で・・・。

私の父も大正15年生まれです。
戦争体験はいっさい話しません。
母と「よっぽど酷い目に合ったんだろうね」と言い合いますが、
父にとって戦争は永遠に終わらないものなのかもしれません。
語っていける方が語り継いでいくのはとても大切ですね^^
こんにちわ。
小、中、高校と歴史の時間、1学期の大半かけて土器と稲作について
習った記憶はあっても、3学期の末に戦中・戦後史を習った記憶が
ほとんどありません。その部分が隠ぺいされていて日本の現代史は
わけがわからなくなっています。
古代史だって、旧石器のねつ造(犯人以外にも平気でやっていたと自慢していた人がいる。)
志賀島の金印、邪馬台国の記述も、習ってきたことはみんな?がつきます。
現在起こっている事故すらうやむやです。
日本は歴史から学ぶということをしない国でしょうか。

生き証人の孔明先生に大いに語っていただき、
敷島博士もそれを何かの形で残していただきたいと思います。
自分の両親も大阪大空襲で、吉野から大阪の方向が真っ赤に赤い空になったと話してくれます。
当時、小学生だったのですが、記憶には鮮明に残っているみたいですね。

(^_^;)自分の阪神淡路大地震の現地での様子と同じ様なショックなのかも?
戦争当時の話には終わりはないように思えます。
自分の爺ちゃんは戦争当時、空軍のレーダー管理をやってたらしくそれから捕虜になったみたいで、かの有名な戦艦大和を見たと。それは大きく凄かったと話していました。

戦争当時の出来事は一言で「大きい」でしょう。
心に完全に残る物で消せる事は出来ないし、今の社会では戦争なんて文字を知らない人ばかりだと思うので、こういう話はもっと聞いた方がいいでしょう(笑)

戦争当時の大日本帝国こそが日本らしいと今でも思ってます。
なぜこんな弱小国家になったのか、なにが自衛隊・・・
僕はmade in japanをこよなく愛する一人だと思います。

博士のお父さん、是非大事にしてあげてください。
いなくなってこそわかる寂しさ、体験できないように支えてあげてください。
時間が空いてる時などは、是非見に行ってあげてください。
みみさんへ
老人独り暮らしですが
母子家庭で生まれ育っているので
現在でもマイペースでやってます。
普段はあまり語らないのですが
最近になって口にするようになりました。
語り部はやりたいと思いますよ。
明日来さんへ
親父は母子家庭の末っ子です。
男三兄弟でみんな非凡です。
長男は戦死してますが。
次男は88歳ですがバリバリ車も運転します。
親父は防空壕の中にバッテリーを設置して
電灯をつけていたそうです。
最近特に戦争前後の話をするようになりました。
でも内容はほとんどが同じなんです。
記憶の鮮明な部分が輝きを増してきたみたいです。
聞き手がよほどしっかりと受け止めないと話しませんね。
彼女からそれを感じたのでしょう。
壮年期にパソコンしすぎて眼底出血してますが
そうでなかったらキーボードを叩いてるでしょうね。
すいかたべさんへ
そうでしたか。
親父は1月11日生まれです。
母(昭和3生)が73歳で他界しましたから
今は少し寂しさも出てきてるのかも。
母も戦争体験は私が小学低学年から話してくれました。
戦争の語り部はやはり辛いですから
お父様の気持は分かりますよ。
いちしんふたばさんへ
教科書ってそのとおりだと思います。
日本の歴史は戦い略奪ばかりですから
民族自体のDNAに組み込まれているように感じます。
陰湿隠ぺいなども同様かと。
結果的には学ばないのでしょうね。
分かったつもりになっているのかも。
この提案で親父の語り部をICレコーダーで録音して
機会があればアップしたいと思います。
桃太郎@東大阪さんへ
お父様はそうでしたか。
大震災はしっかり記録されてますが
戦争は記録媒体が無いに等しい時代でしたから
表現は難しいですね。
アノさんへ
そうですね。
ありがとうごさいます<(_ _)>
いつまでもあると思うな親と金ですから。
大日本帝国の旗が好きな人もいますね。
日本が本当に暴れていた時代です。
ゼロ戦のプロペラ構造一つ見ても技術の高さが分かります。
まさにmade in japanです。
平和主義者が暗殺され戦火へ突入しますが・・・。
決して消えない戦争そして事実が薄れていく戦争でしょうか。




翻訳
スマホでは見れない言語があります

.
プロフィール                     
        

     敷島博士(和歌山市)     

        

     Author:敷島博士(和歌山市)
    詳しくはこちらから参照して下さい
       リンクはフリーです<(_ _)>
     

<<おきてがみ>>
置手紙のリストが復活しました
別窓から訪問させて頂きます
  このブロクの足跡は付くか分かりませんが
  しばらくこの方法でいきます


 

いつもありがとうございます<(_ _)>

月齢
Today's Moon phase
  月の観測にぴったり
カテゴリー
カレンダー
04 | 2020/05 | 06
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31 - - - - - -
月別アーカイブ
.


リンク
このブログをリンクに追加する